映画「彼らは生きていた」を見てきました
この映画は、ただのドキュメンタリー映画ではありません。
劇中の映像ほぼ全てが、実際に撮影された第一次世界大戦の映像なのです。
よくNHKのドキュメンタリー等で、戦時中の映像が出てくる事があると思いますが、
そういった実際戦時中に撮影された白黒映像を現代の技術でカラーにして、コマ割りを増やして…と血の滲むような作業を行って制作されました。
2200時間にも及ぶモノクロの映像を修復・着色し、バラバラなスピードだった映像を1秒24フレームに統一させ、リアルさを追求した。撮影当時はセリフを録音する技術がなかったため、イギリスBBCが保存していた600時間もの退役軍人のインタビュー音源をナレーションの形で構成し、映像と音声を合成した。また、足音や爆撃音など、効果音を加え、一部の兵士の声は新たにキャストを起用し、読唇術を用いて当時のなまりのある話し方まで再現した。
100年前に撮影された本物の映像と、兵士の生の声を使い、単なる映像作品の枠に収まらず歴史的な価値をもった作品に仕上がっています。
惜しむらくは、映画「彼らは生きていた」が上映されている映画館が3館しか無い事…。
東京で2館(有楽町・渋谷)、千葉で1館(千葉ニュータウン)のみ。
この映画の存在に気付いて、なおかつ関東に住んでいる人しか見ることが出来ないのはもったいないと思いました。
いずれも小さな劇場なので、配信当日は当日券が買えずに帰った人も居たそうです。
以降は、ネタバレを含みます。
含みますが、第一次世界大戦を描いたものでノンフィクション(というか、第一次世界大戦の映像がそのまま使われているため)歴史の教科書でもネタバレになりうる内容です。
結末を楽しむ類の映像では無いため、あまり気にせず読んで頂いても良いと思います。
映画「彼らは生きていた」感想
映像の中で、彼らは確かに生きていました。
そして、撮影からほどなくして多くの人々は命を落としてゆくのです。
戦争前の日常
最初は第一次世界大戦勃発前の映像が流れます。
人々は平和な生活を送っており、その時点の映像はモノクロで流れています。
フレームレートも低いため、どこかコマ送りのような現実感の薄い映像になっています。
宣戦布告の直前まで、ドイツ人とイギリス人で同じ食卓を囲んでいる人もいたそうです。
(インタビュー音声でナレーション風に説明してくれます)
そして、戦線布告が行われ兵士が集められます。
兵士は19歳以上との規定がありましたが、少年たちの間で「戦争へ行く、国を守る事は栄誉ある事だ」のような、一種の冒険的な空気が作られ、14歳~の少年たちが年齢を偽って応募しました。
軍も、年齢を聞いて偽っている事が明らかでも19歳と言えば入隊する事ができたようです。
「その年齢は間違いだ。19歳と言え」といって、誘導されて入隊した人も多かったとのこと。
彼らは楽観的で、「クリスマスまでには戦争は終わるだろう」などと考えていました。
実際、第一次世界大戦より前は、馬に乗って剣を振るい戦うような、旧時代の戦争が行われており、近代戦の恐ろしさへの理解が足りなかった事もあったと思います。
訓練中の映像
陸軍に入った少年達がフォーカスされていますが、厳しい訓練の様子もまた映像に残っています。
数十キロも50kg以上ある装備で行進させられ、6週間程かけて彼らは鍛えられていきました。
全員馬用バリカンで丸坊主にされ、軍服は一着。下着すら支給されなかったようです。
(丸見えになるから、二階以上に登るのを禁じられた…的な事をナレーションで言っていた気がします)
戦闘映像
日常
戦争開始後、いきなり映像がカラーになります。
ただカラーになっただけではありません。
ディティールが潰れている所を補修したり、音声を用意したり…。
恐らく一番大変だったのは、数千時間にも及ぶ映像の精査だったと思います。
ショッキングな映像がひたすら続くかと思ったのですが、そんな事はありませんでした。
ここが一番驚いた所で、人は戦争に慣れてしまうのです。
人を殺して、仲間の頭が目の前で吹き飛ばされて。
そんな事が続くと感覚が麻痺してしまう。
前線から4日間の任務を終えて戻ってきた兵士達は、仲間を失っている筈なのに、どこか陽気でした。
みんなで酒に酔って歌っている様子や、仲間と風俗へ行ったエピソード等がナレーションで語られていました。
彼らの生活の様子が克明に記録され、細かい所まで補修されカラーになっているため、とても100年前の映像だとは思えません。
戦闘
狭い塹壕の中、劣悪な環境の中で、兵士たちはひたすら見張りをしていました。
少し顔を出すと狙撃される危険があり、話している相手の頭が吹き飛ばされるエピソードが語られていました。
戦闘パートはとにかくショッキングな映像が続きます。
戦争中に、記録用途としてカメラが撮影したものなので、遠慮がありません。
当時の映像なので、当然本物の死体が克明に映し出されており、その手の耐性が無い方はきついかもしれません。
戦後
戦後、彼らは途方に暮れます。
青春の多くの時間を、多くの仲間の死と共に過ごしてきた彼らは、戦争から戻ると働き口すらありません。
街は失業者で溢れかえり、街の人たちは、戦争の事を話題にしようともしません。
戦争は、終戦したからと言って終わっていないのです。
最後に
この映画で表現したかった事は、きっと日常と戦闘状態の関係にあります。
それらを繰り返す事で、感覚が麻痺してどこかネジが外れてしまったり、境目が曖昧になったり。
まだ若い彼らは、楽しんで生きていました。
そして、理不尽に死んでいきました。
戦場ではそれが普通の事で、
兵士達はその生活を”あたりまえの日常”として、ちょっとした事に楽しみを見出し、次の瞬間死ぬかもしれない中で必死に生きていたのです。
そうして、実際に数百万人の死者を出して、戦いは膠着状態のまま集結しました。
4年間の中で、最大の会戦と言われるソンムの戦いの成果は下記の通りでした。
(恐らく、映画でもこの映像は使われています)
一連の戦闘でイギリス軍498,000人、フランス軍195,000人、ドイツ軍420,000人という膨大な損害を出したが[8]、いずれの側にも決定的な成果がなく、連合軍が11km余り前進するにとどまった。
こんなにたくさんの人が戦死した上、得られた土地はたったの11km。戦場となった土地は、今も人が住める環境ではありません。
第一次世界大戦では、毒ガスや近代兵器が大量に使われたため、鉛や化学物質、毒ガスが入った砲弾の不発弾等が大量に残ったままになっている。
膨大な死者を出して得た土地は、人が住めない不毛な土地となってしまった。
彼らはなんの為に戦い、そして命を落としていったのか。
そんな救われない話が、実際の時系列になぞらえて丁寧に復元された映像と共に追体験する事になります。
これは、歴史の教材にするべき価値のある映像だと思います。
それでは。